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歌舞伎町を支えた華僑たち モスクでチャイを 歌舞伎町の飲み屋で韓国の徴兵制度を学ぶ 

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歌舞伎町を支えた華僑たち報告

8月10日
レポート:ツジコウ

ツアーの様子 台風一過の日曜日、真っ青な空が広がった東京は最高気温35度とこの夏一番の暑さになった。だが、台風は湿気もさらっていったようで、日射しは強いけれど日陰に入ると思いのほか涼しい。
 新宿区役所前に集まった参加者は23名、まずはこの場で案内役の簡さん(在日二世)と自由新聞という華僑向けの新聞を編集されている黄清林さん、黄さんの娘さんの黄東生さんの紹介があり、「華僑」についての簡単な説明とツアーの概略を聞く。

 一般的に「華僑」と言われている人たちにも、大陸(中華人民共和国)からやってきた人と台湾系の人とがいる。また、主にビジネスをしに来ている人たち=華僑その国に同化している人たち=華人と分けているのだが、今はそれらをひっくるめて「華僑」と言うようになっているらしい。簡さんたち台湾系の華僑は、戦前は日本の植民地として日本国籍だったのが、終戦直後に外国人つまり中華民国籍(戦勝国側)になって日本の繁華街にいろいろな方法で入り込んだ。この経緯は世界でもめずらしいそうだ。

 ここで一行は新宿区役所前をはなれ、靖国通りを左におれて高級中国料理店「東京大飯店」に向かう。1960年創業のこのお店の創業者李合珠さんは、台湾桃園県出身だがもともとは客家=ハッカ(大陸系で広東以北からやってきた人たちを指す)の出だ。台湾は昔から大陸の福建省の人たちと交流があり、台湾人大陸系といっても福建からやってきた人とそうでない客家寧波(淅江省)の人とでは違いがあり、台湾側の華僑(福建出身を含む)は主に小さな飯店をつくり、大陸系は戦後大きな飯店をつくったという。これはきっと大陸の環境が影響しているんじゃないか(?)と簡さんは言っていたが、台湾と対岸の大陸では風景がずいぶん違うことも考えれば、そうかも知れないなあと思う。

 李合珠さんは、日本中華連合総会会長をつとめて全国の華僑をとりまとめた人物者で、商売でもいろいろなアイデア出した人らしい。靖国通りに都電が走り、繁華街といえば駅前にバラックの飲み屋が並んでいたようなこの時代、レストランにタクシーで来た人にはそのタクシー代を払うというサービスを始めたという。当時は駅前で飲んでから新宿二、三丁目付近の赤線に行くのが遊びのコースだったらしいから、このサービスはきっと男性客には受けたのだろう。

「東京大飯店」のランチのサービスは1500円か1800円でおいしい!という簡さんの話を聞きながら、花園神社の裏手を廻って風林会館に向かう。

 この風林会館(創業者=林再旺氏)は、一階が喫茶店になっていてその上にビリヤードや卓球、裏手にバッティングセンターなどがある、いわゆる“複合娯楽施設”だ。この複合施設というスタイルは、日本では始めてのものだった。また、この建物は、当時としてはめずらしく一階が柱のない大きな空間になっていて、待ち合わせや出会いの場所としてもうまく機能していた。会館の近くには“クラブリー”という高級クラブ(生バンドをバックに歌や踊りがある)もあるというエンターテイメント性に富んだ場所だったらしい。「ヤクザの人たちも待ち合わせしていて、時々どんぱちやっていますね。」と、在日歴42年の黄さんが涼しい顔をして話していた。

台湾同郷組合 ちょっと中に入ってみたいなと思いつつ風林会館の前を通って東に、留日台湾同郷会(台湾同郷共同組合)の建物に向かう。同郷会というのはいわゆる日本で言う“県人会”を指すのだが、この組合は、幇=<仕事上の共同組合>合幇=<地域のつながりのためのもの>が一緒になっていたらしい(現在、合幇は華僑総会に移る)。<地域とのつながり>といっても、この繁華街で、日本人台湾人がどうやって仲良くやっていけたのだろうか? 簡さんの話では、華僑が日本でうまく商売ができた理由の一つに、戦勝国民ならではの利権があったと言う。例えば、タクシーをやるのは許認可性だったが、認可するのはGHQだったので優遇された。店を出すのも認可性だったのだが、20人のお店をやると申請し、実際には10名のスペースの店をやって余った10名分を日本人に横流しするなど。台湾人はそれらの利権を、この辺を寝城にしていたヤクザとの“とりもち”と活用しながら、日本人とうまくつきあっていたらしいのだ。

 だが、ここ20年、大陸で金ができてやってきた新華僑たちがつくった新しいグループとはつながりがなく、最近歌舞伎町で起こっているヤクザ同士のいざこざは、これら新しい世代のもので、華僑の一世たちもなかなか橋わたしができないそうだ。このあたりは台湾料理の店が多く、かつては夜はたらきに出る台湾人の客がほとんどだったそうなのだが、今はここらで働くニューカマーの客が多く、昔お店ではたらいていた台湾人“ママさん”になっている人が多いという。たんけんツアー一行と道をはさんだ向い側で、ちょうど台湾からやってきたツアーの人たちが、ホストクラブの店の看板の前でなにやら説明を受けていた。このクラブは台湾でも有名でよく雑誌やテレビにも出ているとう。参加者のだれかが“一緒にツアーをしましょうか”なんて言っていた。

 その後、台湾料理の老舗“青葉”の横をかすめ、新宿で最初のライブハウス「アシベ会館」(ここも映画、飲み屋、などの複合施設です)の前をとおって、西武新宿駅の方に抜ける。途中、日本の若い人をターゲットに“新台湾人”が出した台湾料理店や、台湾からの観光客に薬などを安く売るために中華民国の旗印を出している薬局(新宿や池袋に多数ある)などを見てから、このツアーの最終目的地、コマ劇場前の広場に向かう。

 歌舞伎町のランドマークとも言えるコマ劇場、その前の広場を大きな建物が囲んでいる。広場には段ボールを敷いて昼寝をしているおじさんたちもいるが、若い人たちの姿も多い。相変わらずゴチャゴチャしているものの、区役所や花園神社付近に比べると道幅も広く、その道を車よりも人の列が絶えず割拠しているような感じだ。この広場に面して建っているHotel Kent(かつての地球会館)と現在改装中のヒューマックス(ジョイパックビル)は、同じオーナー、林以文氏のものだ。海外在留で初の台湾国会議員になったという林氏は、劇場ムーランルージュの復興に関わったこともあるせいか、他の華僑がラブホテルやパチンコ、クラブの経営などサブカルチャー系事業が多いなか、エンターテイメントを商売に積極的に売りに出そうとしたらしい。地球会館(それにしても、なんておもしろいネーミングだろう)も映画や飲食店が入った複合施設だ。現在は、息子さんがあとを継いでいる。

華僑の人たち その後、たんけんツアー一行は出発点の新宿区役所に戻り、地下一階の職員組合事務所でお茶を飲みながら質問や感想を述べあった。参加者の中には、日華資料センターに何度も出入りしている人、在日三世の若い人、華僑のことについてほとんど知らないようなわたしのようなものまで様々で、質問もいろいろ出たのだが、ここでは印象に残ったことを少しだけ挙げておきたい。

 まず、日本人のヤクザと台湾人との仲をとりもった“とりもち”について。
 当時の歌舞伎町は今のヤクザではなく“仁侠”の人たちがいた。1950〜60年代にかけて住吉組が出てきて、1970年代に入ってから山口組とか稲川会という現在名前を聞くような新しい勢力が出てきたのだという。戦時中、皇軍の兵士として戦った台湾人の中には、戦後BC級戦犯として巣鴨拘置所に勾留された人もいて、その拘置所の中で仁侠の世界の人とつながりが出てきたこともあるとのこと。

 また、華僑たちが現在の歌舞伎町をどうとらえているのか、地元の人たちと結びついた街づくりのようなものを考えているのか?という質問に対しては、華僑の成功例には二種類あって、一つは元々財力があって、それがさまざまなビジネスを展開するパターンと、二つ目にゼロからの叩き上げで、いずれにしても自分たちの側を守るのにせいいっぱいではないか。また、かつて“日本人”だった頃の劣等感や、逆におれは“中国人”だという意識が強いといったような複雑な想いもあるだろう。ただ、二世の人たちについては、だいぶ日本社会に深く入っているので、これから地元との結びつきのような動きが出てくるのではないか、という話しだった。

 「歌舞伎町を支えた華僑たち」という今回のツアー、歌舞伎町だけでもイメージがいろいろとあるのに、それを支えた華僑となるとなおさら具体的なイメージはしづらい。距離にしてしまえば500メートル圏内に納まってしまいそうなスペースを、2時間弱で歩いたツアーだったのだけれど、そこに蠢く人たちの世界をほんのちょっと覗いたような気がする。

 雑談の中で簡さんは、“歌舞伎町の華僑は日本のやくざともつき合うし、警察ともつき合っている、自分は台湾本土(中華民国)にも中国にも友だちはいる”なんてことを言っていた。華僑であるとか、日本人であるという枠以前に、同じ場を共有し出会い触れあう中で培われた知恵が、かれらに息づいてい
るような気がしないでもない。
 かつてこの歌舞伎町がまだそれほど栄えていない頃に、鼻を利かせて新しい試みに挑戦した華僑の血を受け継ぐ簡さん黄さんに、これから何に挑戦しようとしているのか?ちょっと聞いてみたくなった。


参加者アンケートから

  • 戦後、利権により新宿等の一等地が与えられ、歌舞伎町が発展していったことが理解できた。

  • 暑い中、簡さん、黄さん(お二人)に丁寧に説明いただいて、大変勉強になりました!!!

  • 台湾、大陸中国、日本の間の複雑な関係を垣間見せ、区役所お膝元の新宿、歌舞伎町の戦後の歴史の一端に触れることができ、本当に多文化たんけん隊にふさわしいツアーだなあ、と思いつつ楽しませていただきました。簡さん、貴重な裏話をありがとうございました!

  • 全く知らなかった歴史を知って楽しかったです。密度の濃い2時間でした。

  • 貴重なお話と見学に感激しました。青春の頃にさまよった歌舞伎町の街づくりの歴史の一端を知ることができました。このような企画を今後も歓迎します。

  • 戦後の新宿といえば花園神社の周辺しか記帳にありませんでしたが、その横に台湾華僑の国が栄えていたとは驚きです。大変有意義でした。

  • 楽しかった。幹事のオフレコがたくさんあり、引き込まれた。また他のプログラムでお世話になります。

  • 暑い中、何となくで歌舞伎町の奥がわかりました。見学も良かったし、最後の区役所下の反省もよかった。

  • 大変おもしろかった。次回はテーマを絞って、もう少し詳しく深い話が聞けるような企画を立ててほしい。歌舞伎町の華僑の現状が、データも添えて詳しく説明されると面白い。
    出身地別の人口、渡日した時代別のデータ。ニューカマーの来日動機なども知りたい。

  • 外側からは決して見えない歌舞伎町の華僑の姿を見せていただき、どうもありがとうございました。

  • 自身は、大陸系在日華僑3世ですが、台湾の華僑の話を伺う機会はこれまであまりなかったので、とてもいい機会となりました。ありがとうございました。

  • 30年前に10代で毎日のように来ていた歌舞伎町の知られざるもう一つの顔を知ることができ、とても楽しいひと時でした。
     台湾には数回行ったことがあるので、台湾における日本占領時代のことは多少、知識がありましたが、日本における台湾人の定住についてこれからも知りたいと思います。

  • 研究者の話でなく、台湾出身の華僑2世の方から直接お話を聞くことができ、大変興味深かった。歌舞伎町が形成された歴史や、その裏側の話など当事者から聞けたのがよかった。また歌舞伎町は知らないと歩けないが、こういうツアーがありとてもよかった。

  • 新宿の街の知られざる歴史の一面が理解できて、とても興味深かったです。また、日本中に中華料理店があるのに、華僑の方々のお話を直接お聞きする機会がなかったので、勉強になりました。

  • 実際に目で見たあと、区役所でお話をゆっくり聞けたのがよかったです。

  • いくつもの興味深い話を楽しく聞かせてもらいました。ただ、僕個人の関心から言うと、当時の話や「華僑」というものがどういうものか、どういうメンタリティーを持っているか、等々の話を聞きたかったです。このあたりは今後、自分で調べていこうと思います。蛇足ですが、カート・ガオネガットの「スラップスティック」という小説で、中国人が宇宙的原始的拡散・増殖をするのですが、これを「深夜特急」でどこの国にも華僑がいて、チャイナタウンがあるというので華僑に興味を持ちました。ひょっとすると卒論のテーマになるかもしれません。

  • 普段、目にしているビルの経営者が台湾の人だと知ってびっくりした。

モスクでチャイを

8月16日

フォト
ギャラリー
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礼拝前の清め
集合写真
礼拝前に
顔や手足の洗い方
ムスリムの方に
教わりながら
清めている様子。
集合写真
(解説は不要ですね)




夕食風景
セネガル風カレー
デザート
夕食風景男性編。
(女性編は
撮影規制のためナシ)


夕食
(セネガル風カレー、
もちろんハラール)


デザート
(クスクス
withヨーグルト)、
こんなん初めて
食べました。

参加者アンケートより

  • かなり勉強になりました。ありがとうございました。個人的には、ディスカッションで他の参加者が知識は持っていても、イスラームの人たちの心の内をどこまで知っているのか、疑問に思うような発言をしていて、イスラームの人たちに悪いことをしているなと思いました。が、教科書で知ることができないことを知るための直接的な方法としては、これはこれで有りなのかな、とも思いました。宗教というのは、その人の根幹にかかわることであり、その根幹に真摯に生きている人たちに触れるだけでも、何かしら学ぶことがあります。知識だけを得て帰るより、より深い学習のでき得る場でありより、より有効な学び方を模索していかないともったいないと思いました。

  • いろいろ知識が増えて面白かった

  • ムスリムについて、ごく自然な疑問にごく自然に答えていただきました。ありがとうございました。

  • 昨年に続き、モスクは2回目です。イスラムの考え方が昔の日本に似ているそうで、少し安心しました。

  • 日本ではなかなかモスクの中に入る機会はないので、今日はよい機会になったと思います。モスリムの方々のお話も聞けて楽しかったです。チャイ、お菓子などを出してくださってありがとうございました。

  • お祈りに参加してとっても気持ちがよかった。モスクの行事は来年もやってください。

  • 誤解していたことがかなりありました。今日していただいたお話は、超基本の話なのだろうと思うのですがほとんど知らず、恥ずかしいです。勉強会(ミーティング?)で端っこに座ってしまいまして、まったくお話ができなかったのが…でかい声を出せない自分が情けなかったです。

  • チャイはとてもおいしかったです。ごちそうさまでした。普段聞くチャンスのない、ムスリムの方のお話が聞けておもしろかったです。女性陣ではシビアな話題も出ましたが、男性陣はどんな会話が展開したのでしょうか? HPにアップしていただけると助かります。

  • 2回目だったので、だんだん深くわかってきました。ありがたいことです。

  • モスクというと、もっと豪華なタイル張りの建物を想像していたが、実際かなり庶民的だなぁと感じた。「スカーフ持参」ってひとこと言ってほしかった

  • まさに異文化を体験させていただき、とても面白かったです。「日本人はアッラーを信じていないのと、お祈りをしないのを除けばまさにムスリムそのものです」とおっしゃっていただいて、面はゆい思いがしました。でも、1日5回もお祈りするなんてスゴイ!と思います。まだまだわからないイスラムの世界ですが、今回ほんのチョッピリ理解できてよかったです。ありがとうございました。

  • 私は何かルール・決まりごとがあるのなら、なぜそうしなければならないのか、そうしててはならないのか、納得できる理由を求めますが、イスラムの世界ではコーランに書かれていることは絶対で、理由を求めたりなぜそのルールがあるのかを疑問に思うこともない、とのが一番印象に残ったことでした。

  • 「日本の中のイスラーム世界」を垣間見ることができて、大変興味深い経験をさせていただきました。特に、書物やメディアを経由したのではない、在日ムスリムの「生きた」イスラーム観を聞くことができたのは印象的でした。

  • 説明を聞かせていただき、イスラム教の教えが人間の心を素直にさせる平和な教えだと納得できました。知ることが民族と民族の争いをなくさせることになるのだと、あらためて感じさせられました。説明してくださった方々のおだやかな人柄がしのばれて、ほっとする時間を過ごさせていただきました。とてもよい経験をしました。

  • 興味津々で参加しました。本当に異文化に触れられた気がします。イスラム教について知らないことが多かった私にとっては、すごく勉強になりました。説明もわかりやすかったです。最後にモスクで、カレーの夕食のおまけがついて嬉しかったです。

  • 友人に多文化たんけん隊のHPをおしえてもらい、のぞいてみました。そしてこのツアーに目が留まりました。マスメディアで取り上げられるイスラム教は、どれも悪いイメージの情報ばかりで、イスラム教が本当はどういう教えなのか知りたくて参加しました。今日は、そういったことを知ることができて勉強になりました

  • 本当の意味での多文化でした。普通の生き方でいい。素直に生きてて。女性がとても苦しいのかと思っていましたが、とても幸せそうでよかったです。日本にいながらにして他の文化を知るなんて、よい機会を与えてもらいました。ありがとうございました。

  • 初めて異文化体験をしました。日常、外国の人を見かけることが多くなりましたが、どんな文化を持ちどんなくらしを日本でしているのか、日本は暮らし良いのか、とか気になることがあります。イスラムは身近なようで遠い。全く内容は知りません。日本人の信徒さんがいて、とても身近に感じました。大変楽しかったです。

  • 夕食のときにたくさんのモスリムの人たちと話すことができてよかった


遠藤周作ゆかりの歌舞伎町の飲み屋で韓国の徴兵制度を学ぶ
 〜平和について考える

8月17日
レポート:Sakorin

膝を交えて 韓国では成人男性の98パーセントが徴兵を経験していると言われます。しかしその内容について日本で知る機会はあまりありません。
 本日の2人の講師、ミンさん(28歳)は2年2ケ月(当時)にわたる徴兵制での軍隊経験ジョンさん(33歳)は職業軍人としての約6年にわたる軍隊経験を語りました。軍隊内の階級はジョンさんが幹部士官、ミンさんはその部下にあたります。

 ですから同じ質問に対しても2人それぞれ上司としての言い分、部下としての言い分があるわけで微妙に違う答えが出たりして興味深かったです。

 参加者は16名。(小学生2名含む)コの字型カウンター内の2人の講師を取り囲むようにして座り一杯飲みながらカウンター越しにおしゃべりするかんじで進行しました。

 はじめジョンさんから
「みなさんは戦争を直接的に、間接的に経験したことがありますか?」という問いが参加者に投げかけられました。カウンター越しにあちこちから答えが返ってきます。
 
「ウルトラマンでみたイメージ」から「アフガンやイラク報道」などテレビを通じて見たという回答が多かったです。

 ジョンさんは、いままで訓練中の事故と上官からの3、4時間にわたる殴打などで在任中、3回死の恐怖を覚えたことがあるそうです。ジョンさん
「軍人も人間です。辛いことがあれば傷つきます。レッドベレーの特殊工作隊にいる弟も事故の遺体処理をした晩は『一晩やけ酒を飲んで気持ちをまぎらわせた。』と言っています。ベトナムで人を殺したことのある上司は宴会で酒を飲むと当時の記憶が蘇って時々暴れました。」

話を伺う
 ミンさんは徴兵2年目から兵長という1年目の兵士をあごで使える階級に昇進しました。
 言わば、『下っ端』『管理職』の2つの異なる立場を短期間で経験したことは
「相手の身になって考えることの大切さを知った」貴重な体験だったそうです。しかし、柔軟な頭脳を持っている青年時代に「何も考えないことが仕事」のような部分が多い軍隊生活を送ることは無駄が多いと言います。
 現在、金大中の北朝鮮に対する「太陽政策」の影響もあり徴兵期間は2年に短縮されたようですが、訓練中の事故や軍隊内の暴力や自殺が原因で年間約500名近くの兵士が亡くなっているとのことです。
 そして、その実態は外部に知らされず、兵士ひとりの補償金額は軍用犬一匹の値段より安いという事実に驚いた参加者は多かったようです。しかし日本だって自衛隊内において訓練中の事故や暴力による死者はいないと言い切れるでしょうか? これまで「戦争」とは戦場で人が殺されるという漠然としたイメージを持っていましたが、「軍隊」とは存在そのものが「戦場」であるといえるのではないでしょうか?

 日本の有事法制成立後の状況についての質問に対して2人の講師は、あくまでも個人的な意見だとことわったうえで
「本当に日本国民が望むなら軍隊を持つことに反対はしない。しかし過去の謝罪をしないままであることは問題である。加害者は傷つけたことを忘れているかもしれないが被害者は傷つけられたことを忘れていない。だから日本が防衛のためだけに軍事力を持ちたいと思ってもひょっとしたらもう一度侵略されるのではないかという不安を周辺諸国は持たざるを得ない。」と憂慮していたのが印象的でした。

 2人の講師の堪能な日本語で語る軍隊内の数々のエピソードに時には笑ったり、涙を流したり、疑問をぶつけあったりであっという間に3時間が経過しました。それから講師行きつけの韓国料理屋に移動。韓国料理に舌鼓を打ちつつ更なる交流を深めました。

参加者アンケートから

  • 生々しいリアルなお話でした。
    国家権力の誇示を軍隊の力で示す。
    国家とは利権の象徴…利権と関係のない市民が巻き込まれるのが戦争だと思います。
    利権を持っている人だけが無傷でいるのが戦争だと思います


  • 意識の差、軍隊のことについて身近に考えられた時間となりました。ありがとうございました。

  • 今回参加して軍隊はなぜ存在するか、なぜ必要かということがわかりました。また、軍人も人間であるので、人を殺せばトラウマに悩まされることがわかりました。

  • ここで日本の軍力が世界中二位と聞いてびっくりした。二人の話を聞いてよかった。

  • 韓国の軍隊の生活、ポリシーを知ることができて有意義でした。

  • 軍隊のことがわからなかったので驚きでした。


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