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レポート:タイトル3

中国帰国者とともに中国文化に触れてみる 泡盛を飲みながら三線を語ろう!! 
孫文・蒋介石・周恩来など清国留学生の足跡を歩く 
沖縄を踊り、食し、語ろう!

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中国帰国者とともに中国文化に触れてみる
〜中国帰国者支援交流センター見学

8月22日
レポート:川原栄一

 思ったより応募人員が少ないため、交流先の中国帰国者の人員を調整してもらい、申し訳なかったかなと思いつつ、集合場所の御徒町駅に行ってみると、急遽参加された方が多く、うれしい悲鳴になってしまった。

 ともあれ12名の参加者とスタッフ3人で中国帰国者支援交流センター(以下センター)まで歩いて向かう。徒歩でおよそ7・8分か。担当者の中村さんと安場さんが表通りまで出て迎えていただいた。センターは普通のビルの6階のワンフロアにあった。こんなところに中国帰国者の支援センターがあるなどとは思いもよらなかった。もっと公共施設の大きなところにあるのかと思っていたのだが…。もはや過去の問題と後景化されようとしている中国帰国者問題のおかれた位置をある意味象徴しているように感じたのは穿ちすぎだろうか。

 センター到着後、センターの中村さんから、中国帰国者問題とセンターについての簡単な説明と中国帰国者と交流するにあたっての注意を受ける。なぜ中国に留まるを得なかった個々人の経緯については、それぞれ心の傷となっている場合があるので、ツアー参加者からはあまり尋ねないようにという注意にちょっと緊張する。

 このあと、別室にうつり、待機されていた中国帰国者のみなさんと5グループに分かれ、交流する。

 センターの方で用意してくれたお茶とお菓子をつまみながら、話しはじめる。中国の大きな地図がいくつか飾ってあり、それぞれ自分がどこにいたのかを指し示しながら、とつとつと話が広がっていく。帰国者で参加されていた方は、いわゆる「残留孤児」一世の方とその子供の二世の方で、一世の方は年配の方で幼稚園に通うお孫さんを連れてきた方もいましたが、二世の方はまだ20代・30代の働きざかりの方。わざわざ仕事を休んで、今日の交流会を参加されたとのこと。センターの中村さんの言葉を借りれば「なかなか普通の日本人と交流する機会が少ないので、こういう機会をつくっていきたい」ということで期待されていることがわかる。

 およそ1時間強の交流の後、帰国者のスズキタダオさんの笛の演奏をみんなで聞く。いくつもの笛を持ち替えて、中国・日本の唄を5曲ほど演奏する。とてもよく響き、音色も豊かな演奏。みんなも聞きほれてしまった。やんやの喝采で終了後、最初に説明を聞いた部屋に移り、アンケート用紙を書いていただいて、3時半すぎに終了した。

 後日センターのスタッフの方にお聞きしたところでは、中国帰国者の皆さんもとても喜んでいるとのこと。ツアー参加者と個人的にアドレスを交換していた方もいたようだ。

 中国帰国者支援交流センターでは、今後このような草の根の交流を進めていくとのこと。関心がある方はぜひ連絡してみてください。
中国帰国者支援交流センターHP
http://www.sien-center.or.jp/center/index.html#tokyo 



参加者アンケートから

  • お茶を飲みながらゆっくりとお話できてよかったです。ご家族の話や内モンゴルのお話などうかがえ、楽しく過ごせました。お菓子もとてもおいしかったです。

  • 交流のきっかけをつくるというのは、いい企画だと思います。

  • とても楽しく交流させていただきました。最初に聞いたお話では、どの世代も大変な思いをされていることがわかり、どのような方々だろうと思っていたのですが、実際に交流することでとても学んだことが多かったです。このような機会がひんぱんにあるとよいと思いました。

  • 日本人の多様な価値観を形作るための多文化との交流は刺激的で、非日常の世界が広がる。自分の心に落ちる活動とは何なのか?次も試してみよう

  • 興味深いプログラムがいくつもあります。また機会あれば参加したいです。

  • どんどんこのような場を設けて・・・いろいろな年代の参加が増えればいいなと思います。
    今日はありがとうございました。

  • 帰国者の方々の日常の話が聞けて興味深かったです。考えようによっては、日中交流の架け橋になれる可能性をお持ちなのでは、という印象を感じました。
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泡盛を飲みながら三線を語ろう!!

8月24日
レポート:秋

 平安隆(ひらやすたかし)さんの三線教室を見学し、その後、生徒さんと一緒に泡盛を飲みながら交流する――そんな贅沢なツアーのはずでしたが、1週間まえに平安さんに急用が発生してしまいました。
 けれども、平安さんのお気遣いで、当日は代理の方の指導のもとで自主練習をするということにしてくださり、それを見学させていただくことになりました。

 会場であるビアキッチン・ラグーに入ると、三線の音が私たちを迎えます。その音と生徒さんたちの熱心な様子に圧倒されながらも、自前の三線を持っている参加者は“My三線”を取り出し、臆することなく練習の輪の中に飛び込んでいきます。代理で指導していたユウコさんは、初級と中級の生徒さんの間を行ったり来たりして教えています。三線を持っていないそのほかの参加者は、練習の様子を見て回ったり、三線に触らせてもらったり、曲に合わせて唄ったりしていました。

 最後に『肝(ちむ)がなさ節』ユウコさんに教えていただきながら、みんなで歌いました。この曲は島唄ではわりとポピュラーなもの。これは夫婦の唄で、は、心という意。若い頃は体を重ねて、年を取ると心を重ねて、というそんな唄だそうです。

 練習が終わると、ラグーの店長、上間さんのおいしい料理と泡盛をいいただきます。ビアキッチン・ラグーは第1回目の多文化たんけんツアーからのおつきあい。ツアーの会場として、また打ち上げやミーティングなどで何度もお世話になってきました。実は、上間さん沖縄出身。平安さんがラグーでされた沖縄に関する話を、上間さんご自身の記憶などと重ねてお話してくださいました。途中、沖縄の話題になると、生徒さんたちは三線を出して弾いたり、ギターで演奏したり、踊ったりし、それを見ながら楽しいひとときを過ごすことができました。

※ビアキッチン・ラグーでは、毎週日曜日の午後6時より、平安隆さんの三線教室が行われています。また、ライブ情報など、平安隆さんについての情報を知りたい方は、以下の公式ホームページをご覧ください。http://www.clipcraft.or.jp/hirayasu/

●一口メモ  三線(さんしん)とは・・・
 中国唐三線が1300年代に琉球(沖縄)に伝わって三線となり、それが戦国時代に日本に伝わり三味線となったそうです。三線に使用していた蛇皮は「ハブ」と連想されがちですが、実際は「ニシキヘビ」だそうです。

参加者感想

  • 私は、多文化・・・のボーダーレスなところが好きです。人種や国籍、文化のボーダーレスもさることながら年齢を超えて人々が集える場と考えています。たくさんの出会いをもてますね。

  • ツアーの感想としては、直前のツアー決定のためか、参加人数少なくて残念でした。また、平安さんがいらっしゃらなくて、多文化ツアーとしての位置づけが薄まってしまった感あり(私の個人的な目的は達成できましたので十分に満足していますが)。ラグーの料理はいつも美味しい! 楽しい時間を過ごせました。ありがとう!

  • 本音を言えば、平安さんから『満月の夕』ウチナーグチバージョンの手ほどきを直に受けたかったです。せっかく買ったのに、練習する時間がとれなくて、ぜんぜん上達しない三線も、みんなで弾いてみるとそれだけでうれしいことがわかりました。

  • これからも機会があったら、こんな場に参加したいです

  • 三線の弾き方を少し学んでおけばよかった、と思いました。平安さんはいらっしゃらなかったけれど、沖縄出身の生徒さんが唄や踊りを披露してくれたり、代理の先生が快く受け入れてくださり嬉しかったです。我々がいきなり6人も来て、他の生徒さんはとまどっていらっしゃった感があり、そこがひとつ気になった点です。

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孫文・蒋介石・周恩来など清国留学生の足跡を歩く

8月26日


参加者アンケートから

  •  先生の説明はとってもよかった。人骨など新しい話が聞けてよかった。イベントの人数をもう少し多くしてほしい。

  •  3回参加しましたが、どのたんけんも感動の連続でした。知っているつもりで知らなかったことが多く、私の無知がわかりました。特に今日の梅屋庄吉は初めて耳にしました。
     台湾大好きの私としては、児玉源太郎邸前を通れたことは嬉しかったです。旧台北市には、児玉町があったのです。今後も勉強したいので、ご指導、連絡ください。多忙で食事会に参加できず単車でも移動等、ご迷惑をおかけしたとお察しします。

  •  いろいろな企画があるようですが、知ったのが遅いこともあり当企画にのみ参加しました。歩く範囲が広くて少し疲れましたが、自分の知識をさらに深め、より確かなものにすることができました。また体の許すかぎり参加したいと思います。関係者の皆様、ありがとうございました。

  •  長谷川さんのガイドによって、とても楽しく勉強することができました。また参加したいと思います。ありがとうございました。

  •  本で紹介されたものを読むのもいいが、現場・現地を実際に歩くことでより歴史が身近に感じられる。またいつか参加して友人を連れ歩いてみたいと思います。

  •  とてもよかったです。ありがとうございました。

  •  公営社という身元不明の遺骨を管理しているビルがあることに驚きました。長谷川さんのような地道なフィールドワークが、貴重な遺骨を国が管理するまでに至ったことは感動しました。新宿は軍事都市であったこともはじめて知りました。オプショナルの凌陽桜での食事会で、参加者の方々と交流できてよかったです。

  •  清国留学生のことだけではなく、太平洋戦争に関するお話もたくさん聞け、さらに韓国学院まで見ることができ、とても有意義な催しでした。

  •  こんな近くに辛亥革命〜中国革命に続く足跡があったとは。今さらながらアジアの中の日本を意識させられたプログラムでした。貴重な写真を呈示されての戸山人骨問題の説明、日本の責任をおざなりにすることの危険性を感じました。
     平和に視点をすえた企画、今後も期待しています。スタッフの皆さま、ありがとうございました。
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沖縄を踊り、食し、語ろう!

8月29日
レポート:さこりん

 沖縄では旧盆にエイサーを踊り、迎えたご先祖さまを送り出すのだそうです。そこで多文化たんけん隊でもエイサーにチャレンジ!
 踊った後は「どぅたっち」特製の琉球料理に泡盛呑み放題という前年大好評だったプログラムは今年も大人気!(滋賀県からの参加者もいました。)

 PM6:30 駒込の琉球センター「どぅたっち」に集合。本日の講師役の太田さんからエイサーについての簡単な説明の後、早速近所の公園に向かいます。好きなサイズの太鼓を選び、講師役スタッフ二人に合わせ見よう見まねで跳んだり跳ねたりまわったりであっという間に汗ぐっしょり。途中で休憩する参加者も続出。しかしハードな中にも型が決まったときの嬉しさにとりつかれた参加者も多かったようです。

 「どうたっち」に戻ると「沖縄料理」と「泡盛」が待っていました。
 みんなで乾杯の後、太田さんから「どうたっち」の設立までの経過や歴史や現状、沖縄独立運動などについて語っていただきました。
 そして参加者の自己紹介タイム。いっしょに踊った後ということもありすぐ打ち解けあい各々語りあい盛り上がりました。(劇団「青年劇場」の団員二人も新作「キジムナーキジムナー」のPRをしました。)
 よく踊り、しゃべり、食べ、飲みという「東京でエイサー」はこうして夜更け近くまで続き流れ解散となりました。

参加者アンケートから

  • とってもよかった。料理がおいしい。エイサーを少し教わりよかった。
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